t-yukiさん
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相手が理解できる説明も出来ないような奴はほっときましょう。自分の言葉で喋れない人というのは、その偉人の言葉を理解出来ていない証左です。自ら「私は馬鹿です」と言っているようなもんですから、貴方はそんな彼を内心せせら笑っていれば良いでしょう。「いやー、全然わかんない」でいいじゃないですか。少なくとも貴方には「無知の知」があるという訳で、相手に「自分はそれが分からない」と「言いくるめられる前に」認めてしまえばいいじゃないですか。
投稿日時 : 08年11月10日 23:37:11
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discklabelさん
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それ、「議論」ではありません。
議論が成り立つためには、自分の立場・意見を相手に理解させたうえで、また、相手の立場・意見を理解したうえで、互いを説得することが始まります。
あなたを自分の土俵に上げることができなかった段階で、相手は、議論に勝つことも負けることもできない状況になっています。単に一方的な知識・考えを披露しているだけですね。
ただ、ひとつだけ注意をしておくと、「比喩はそれだけでは実体を表さない」ことは覚えておいてください。哲学であれ、理学であれ、具体例などの例示は、必ず理論からは偏ったものになります。この辺は、中学や高校で習う「証明」の分野を復習してみると良いのですが、個々の例(事象)から真理を導くためには、すべての例を(事象)を洗い出さないとダメなんです。(帰納法といいます)
「例」ではなく、本質で説明をしてもらうように求めることですね。
>> どうしたら、分かり易く説明して頂けると思いますか?
2つあります。
あなたがいうことが理解できないから、議論にならない旨を宣言して、相手が説明をしない限り相手にしないことです。
または、別の分野で、あなたの土俵に相手を上げて、相手の同様の目に遭わせることです。これは、ギャンブルなど,哲学とは全く違った、そして、普通の人には普段当たり前に「議論」となるような内容は最適です。
なお、当たり前ですが、先人の例ばかりで話す人は,相手にする必要はありません。議論の価値は、新しい考えを得ることにあるのですから、どんなに稚拙でも,独自の考えを持っている人とでないと、つまりません。その意味で、「哲学」なら、幼稚園児とかと議論した方がよほど勉強になりますよ。
先人の話なら、古典を読めば良いだけでしょう? 劣化コピーを相手にする必要は無いと思いませんか?
投稿日時 : 08年11月10日 22:18:11
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sinasinaさん
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その授業の目的は?
議論や討論が目的なら、討論にならないこと自体が問題ですが。
例えばあなたがスワヒリ語で議論したらどうなるでしょう。
何から何まで解らなければ議論にならないでしょう。
そこで必要とされる知識のストックが目的であるのなら、あなたの完敗でしょう。
そいつとの討論にではなく、その授業に完敗って事。
というわけで、授業の目的から考えるとヒントが生まれないでしょうか。
投稿日時 : 08年11月10日 22:08:11
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keikodvdさん
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一般に「完全に理解しているならば、中学生を相手に説明することが出来る」という法則(?掟?定義?)があります。
どの様な学問についても同じです。
明快に説明出来ないのは能力不足ですね。
もちろん聞く側にも適度な好奇心が要求されますけどね。
投稿日時 : 08年11月10日 21:26:11
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bi-tyanさん
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議論は「相手が理解できるかできないか」が目的ではないことは、明白ですね。
少なくとも相手に(納得はしてもらわなくてもいいけど)言いたいことを理解してもらえないようでは、議論が成り立ちません。
あなたの知識量が相当不足していたら、それは問題です。
しかし、周りの人も同じように感じているなら、それは相手の説得力の問題です。
もし、そうならあなたに非はありません。
きっと彼は議論には向いていないのでしょう。
(僕のイメージする)哲学ではきっと致命的なことだと思います。
投稿日時 : 08年11月10日 20:42:11
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584hu8527さん
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>どうしたら、分かり易く説明して頂けると思いますか?
十中八九内容が分かっていません。
分かっていないことは、説明のしようがありません。
そういうのは「知ったかぶり」といいます。
そういう場合は、議論がなりたたいので、
議論の進行を止めて、調べて後、再開ということにして切ってしまいます。
知っていれば、知識をひけらかすために説明するでしょう。
投稿日時 : 08年11月10日 20:29:11
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